久々のネタ公開。
大学で助手をやっていたある日の出来事。
時間は夜11時を過ぎてたと思う。
家に帰る為に自転車にまたがり、キャンパスの出口がもうすぐのところにある10〜15m程の坂道を降り始めた時に、坂の下に人がぶっ倒れてるのが見え、慌てて自転車から飛び降りた。その人のもう少し下には自転車があり、その周りにはいろいろな物が四方八方に散乱していた。
坂道を降りる時にバランス崩して転倒したのか?
と思った。
その人は目をつむったままピクリとも動かない。頭の回りにはどす黒く広がってるものがぼんやりと見える。
あれは血か?
転倒して頭打ったのか?
何で目をつむってるんだ?
何で動かねーんだ?
気を失ってるのか?
まさか死んでるんじゃねーよな?
以前、傘を持ちながら自転車に乗ってた人が前輪のスポークとスポークの間に傘が挟まった拍子に前に吹っ飛んでいって大けがしたのを目撃した事がある。あれと同じ事を下り坂でやったとしたらエライ事だ・・・。
そんな事を思い、ビビリながらその人にゆっくり近づいていった。そうしてその人との距離が2メートルくらいになった時、いきなりその人の目がパチリと開き
「な〜んてね!こんなところで人が寝てたらそりゃー気になるよねー」
としゃべり出した。
おわっ!!生きてる!!
それはそれでかなりビビったのだが、ひとまず最悪の事態にはなってない事にホッとした。でもすぐに、もしオレが車で通ったとしたら最悪の事態をオレが引き起こしたかもしれないとも思いゾッとした。というのは当時のオレの車はコルベットで、職場にもそれで通ってたのだけど、あの日はたまたま車を置いて自転車で帰っただけで、もし車に乗ってたら、コルベットは前が異様に長い車だから坂の上から下の状況をちゃんと把握出来たか分からない。把握出来たとしてもその坂は車一台が通れる程の幅だから倒れてる人をよけきれない。そんな事を思い、ゾッとした。
その人は女で、光に反射していたものは血ではなく髪の毛だった。
彼女はむくりと上半身を起こしたものの、それ以上は動かない。やはりどこかを打ってケガをしたのだろうか。手を貸そうと思い近づいてみると、相当飲んでるらしく、かなり酒臭かった。
幸いケガはしてなかったが、そんなに酒を飲んでちゃんと家に帰れるのかと訊くと彼女は「いや今日はもう帰れないから研究室に泊まります」と言った。
研究室に泊まると言ったって、教員がいなければ無理。そう切り返すと彼女は「私、○○研究室のスタッフ(教員)です」と答えた。
教員が泥酔して道ばたにぶっ倒れてるなんて・・・。この人が男なら「漢」と表現されるに違いないが、この人は女だ。
話しを聞くと、大学の近くで仲間と飲んでたのだが帰れなくなったから研究室に泊まろうと思い大学に戻ってきたとの事。だからオレが、彼女が坂の上から転げ落ちたと思ったのと実際の成り行きはまるっきり逆で、彼女は千鳥足で自転車を押しながら坂を上ろうとして、でも上り始めてすぐにバランスを崩して彼女はそこに座り込んで、自転車は支えを失って数メートル坂を下った後派手に荷物をぶちまけながら倒れた、彼女はそのままそこに寝転んだ、という事のようだった。
一気に気が抜けたが放ってもおけず、散らばった彼女の荷物をまとめ、ひし形に変形した自転車のかごを真四角に直し、彼女を起こした。
そうして荷物を渡そうとすると、どちらの手だったか、彼女は拳を握りしめたまま手を開こうとしない。ケガをしたのかと訊くと違うと答える。何かを握りしめている。そのままじゃあ荷物を持てないし、自転車も押せないだろと言ったのだが、「これだけは!これだけは!」と言って手を開こうとしない。
しょうがないからオレが自転車を押してそこから3分程のところにある彼女が所属する研究室まで一緒に行く事にしたのだが、歩き始めてすぐに彼女は何かにつまずき、その拍子に握りしめていた手が開いて手の中にあったものが飛び出した。
それは脱いだ靴下だった。
「これだけは!これだけは!」と、借金を返せないなら娘を風俗に入れるぞとサラ金の回収業者に脅された親みたいなパフォーマンスをして死守していたのは靴下だった。
その後、彼女の自転車を彼女に言われた場所に止めたものの、彼女の荷物が自転車のかごにあったし、それに彼女が所属している研究室はエレベーターのない建物の3階にあり、坂を上れない程に酔っぱらってる彼女がそこにたどり着くまでに蒲田行進曲の階段落ち並に転げ落ちる可能性をかなり感じたので、そしてそんな事になったら今度は本当にやばいので、肩を貸し、研究室まで連れて行った。
そうして彼女を研究室のソファに座らせてから研究室を出たのだが、彼女も研究室から出てきて、
「私の王子様!!お名前と所属研究室を教えて下さい!!それからおにぎりを!!おにぎりをお食べ下さい!!鮭のおにぎりです!!」
と何故かおにぎりを手にしながら演技がかったしゃべり方で言う。
王子様?おにぎり?
という疑問を抱きつつ、「□□研究室のヨシオカです」と答えた。
すると彼女は「△△研究室のイシオカさ〜ん!!おにぎりを〜!!私の王子様〜!!せめておにぎりだけはお食べ下さ〜い!!鮭のおにぎりですー!!王子様〜!!おにぎりを〜!!」とオレの名前も研究室名も微妙に間違えつつ、オレが見えなくなるまでおにぎりー!!と叫び続けてた。
靴下を死守したり、オレの名前を間違えたり、おにぎりを食べさせようとしたり、彼女がやろうとする事は全部そんなだったから、彼女にはその時の記憶はないだろうとオレは思っていたのだけど、それから随分経ったある日、ある研究室で開かれたパーティーで、オレと同じ研究室のスタッフに彼女がその日の事をオレに謝りたいと言ってるからと呼ばれて、オレも会場に行ってみた。
「ヨシオカさん!!ごめんなさい!!」
と頭を下げる彼女の姿をイメージしながら会場に入ったのだけど、彼女はオレを見るなり「ヨーシーオーカー!!コルベットに乗ーせーろーよー!!」と言っていきなり抱きついてきた。オレがパーティーの会場に到着したのはパーティーが始まってから2時間程経っていたので、その間に彼女は酒を飲んで既に出来上がってしまったらしい。彼女に謝らせるつもりで同席していた彼女と同じ研究室のスタッフはそんな彼女の行動を見て凍り付いてた。そして代わりに彼等がオレに謝って、彼女をオレから引き剥がしてそそくさと帰っていった。その後ろ姿は「北の国から」の何話目のスペシャルだったか忘れたけど、泥酔した五郎(田中邦衛)を中ちゃん(地井武男)が支えながら連れて帰るラストシーンとダブった。流れる音楽はもちろん「♪あーあーあああああー♪」
彼女にとってオレの印象はすごくいいに違いない。オレも文章にしていて、オレはなんてジェントルマンだろうと思う。王子様と呼ばれて当然かもしれん。介抱王子だ。
でもオレはこういうレアな経験をすると必ずこうしてネタにする。
オレが優しい人間だと思ってる人がいるけど、オレは優しくない。仮に優しくする事があってもそれはネタを提供してくれた事への謝礼です。