<酒乱>
神輿を出した後、彫刻学科の生徒は集団で毎日必ず飲みに行く。その日(4年の3日目)も20時にキャンパスを追い出された彫刻学科の学生達は20〜30人程の団体で飲みに行ってたので、シミュレーションを終えた後、オレと次郎もその店に向かったのだが、そこに酒乱がいた。
彼は1年生で名前は○○。○○はオレと次郎が店に到着した時点で既にかなり酔っぱらっており、座るところがなくて立ったままだった次郎に「おい!!4年、早く座れ!!」と怒鳴りつけ、いきなり次郎の首に腕を回して次郎を引き倒した。あまりに無茶な誘い方に次郎が抵抗すると、○○は次郎の顔面に肘撃ちを入れた。咄嗟に次郎は羽交い締めにするも、○○は暴れ続ける。
そんな○○に対して、その集団をその店に連れて行った門脇が「お前、このまま暴れたいのなら外行け!楽しく飲みたいのならオレとチューせい!」と諭す。今思い出すと何故門脇とチューなのか分からないが、その時はいやな空気がそれで全部笑いで消えると思った。おそらくそこにいた皆もそう思ったはず。○○も飲み続けたかったのか、「分かったよ!!チューしてやるよ!!チュー!!」と答えた。それを聞いた門脇は目をつむって口をとがらせて、チューの体勢をとる。○○のその言い方からスムーズに事が運ばないのではという心配はあったのだが、門脇は○○の言葉を信じきってテーブル越しに無防備に顔面を前に出した。その顔面を○○はいきなり殴りつけた。門脇は吹っ飛び、そのテーブルにあったものも全部散乱。
そんな事をされてキレない奴はいない。○○は門脇にはもちろん、その時回りにいたオレの学年の複数の人間に袋叩きにされた。それでも○○は何か挑戦的な事を怒鳴っていたのだが、○○は何故か中山君を見ると突然「スミマセン!!スミマセン!!」と涙を流して謝り出した。謝る相手は次郎と門脇なのだが、そちらには見向きもせずに中山君に謝る。何故かは分からない。泥酔者の行動を理解するのは不可能だ。だけど、中山君は神輿を担ぐ時に背中に「神」と書いてたので、○○は中山君を見るとその言葉を思い浮かべて、中山君を神様か、厳かな存在と感じてたのかもしれない、とちょっと思う。
飲み会はそんな事があって最悪な空気になって、そしてもちろん店側からも出て行けと怒られてしまったのでお開きにする事にしたのだが、○○は○○の視界から中山君(神様?)の姿が無くなるとまた次郎や門脇に殴り掛かろうとするので、先に皆に帰ってもらい、門脇と次郎の姿が見えなくなってから中山君とオレが○○を支えて部屋まで送り返す事にして店を出た。
中山君がいるととても従順になる○○。とにかく中山君が○○の視界にある限りは暴れないどころか、とてもいいヤツになる。(素面の時はすごくいいヤツらしい)。
オレはそれを知って安心しきってたのだと思う。○○が途中で小便がしたいというので、オレは○○が倒れないように体を支えつつ道路わきでさせた時、○○のチ◯コが半勃ちしてるのが見えて、オレは「○○、勃起してるじゃねーか」とちゃかした。すると○○は「僕、そういう事言われるの嫌いなんすよぉぉぉ!!」と叫び、空手の構えをした途端、いきなりオレに殴り掛かってきた。○○の勃起したチ◯コが出たままである。チ◯コを股間から出したままパンチを繰り出す攻撃は何という流派の攻撃なのか?酔拳といえば酔拳なのだが・・・。
咄嗟に中山君の横に逃げると○○はまたすぐに「スミマセン!!スミマセン!!」と土下座する。ズボンがずり下がって、チ◯コが出たまま公道で土下座。本当の神様なら罰が当たるんじゃなかろうか?
そんなやりとりもあって中山君もオレも疲れきってしまったので、○○の「この先すぐのところに僕のアパートがありますからもう大丈夫です」という言葉を聞いて、そこで○○と別れてすぐ横にあった次郎のアパートに入り、中にいた次郎や一緒に飲んでた女の子らに「散々な日だな」みたいな事を言った時、突然ドアからすごい音がし、そして
「おい!!4年!!出て来いよ!!ここにいるのは分かってんだよ!!ぶっ殺してやる!!」
と○○の怒鳴り声が聞こえた。
ドアが見える窓からそーっと覗くと、どこから持ってきたのか、○○はコンクリートブロックで次郎のアパートのドアをガンガンと叩き付けていた。
ドアも心配だったけど、オレたちが覗いてる窓がそこにあると○○に気づかれたらそこを叩き割って侵入してくるかもしれないと思い、オレと中山君は慌ててテーブルの天板を窓にあてがって、窓を塞ぎ、これはもうオレたちの手に負えんと判断して次郎が警察に電話した。が、芸術祭期間中、あちこちで酒がらみのトラブルが起こってるらしく、警察は「一緒に飲んでた仲間なんでしょ?自分たちでどうにかしてよ。こっちも今日は大変なんだよ。」みたいな事を言うだけで来てくれない。
ドアの向こうでは相変わらずブロックでドアを叩き、「ぶっ殺してやる!!」と叫ぶ○○。あの晩、あいつ以上に危険な酔っぱらいはムサビ近辺、いや多摩地区にもいなかったと思う。このままだと誰かがブロックで殺される。それくらいの恐怖を覚えて、今度は女の子が警察に電話すると、すぐに行きますとの事。で、確かにすぐに来てくれたのだけど、○○は警察到着の直前に消えた。しかも普通に立ち去れば警察と鉢合わせるはずなのに、警察はそんな人間とはすれ違ってないという。ただ、次郎の部屋の前で何かがあったのは、そこに散乱していたブロックとへこんだドアで分かってもらえたようで、それを見ながら「まだその辺にいるはずです」みたいな話しを警察としていた。そこに、○○と同じアパートに住んでたオレの同学年の友人が、飲み会での騒動を聞いて心配してバイクで駆けつけてくれたのだが、酒を飲んでたオレたちの仲間という事で警察は彼を飲酒運転じゃないかと疑い、「おい!!飲酒運転じゃないだろうな!?はーって息を吐いてみろ!!はーっ!!」という別の展開になってしまう。その友人は酒を飲んでなかったのでお咎めはなかったけど、親切心でわざわざ飛び出して来たにも関わらず、とんだ目に遭ってた。
結局、次郎と門脇を理由もなく殴りつけ、居酒屋をめちゃくちゃにし、次郎のアパートのドアをブロックで殴りつけてボコボコにした危険人物○○はどこに行ったのか分からず、警察はそのまま引き上げていった。
翌日○○は謝りに来た。前日、門脇と次郎を殴った事もブロックで次郎の部屋のドアを叩き付けた事もあまり覚えてないと言ってた。そんなヤツは酒を飲んじゃいかんだろ。危険過ぎる。
それにあんな酔い方をしてたら、相手によってはあいつ自身が殺されるんじゃないかとあの時の事を思い出す度いつも思う。あいつが死んだとは聞いてないので、今はまだ大丈夫なようだけど、相手が相手なら殺されるよ。
それにしてもドアをブロックで叩き付ける○○の姿は、映画「シャイニング」で包丁を振り回すジャックニコルソン並みの恐ろしい光景だった。オレたちと一緒にいた女の子、恐怖で涙目になってたのを思い出す。
前にも酔っぱらいの女の子の話しを書いたけど、靴下を握りしめて離さないくらいの酔い方はかわいいもんだ。
この騒動には数年後に知った続きがある。
○○は格闘系サークルに所属していたのだけど、騒動を起こした翌日にサークルの先輩に「昨晩、彫刻科の先輩に理由もなく袋だたきにされました・・・」と事実と全然違う事を言って、泣きついたらしい。その相談を受けた先輩とは鉄人こと飯島浩二。彼とは助手時代はしょっちゅう一緒に飲みに行き、気兼ねなく付き合ってたけど、彼と言葉を交わすようになったのはこの2年後。彼は所属学科も学年もオレたちとは違った上に、当時の彼はスキンヘッドで眉無し、履いてるものは鉄ゲタという恐ろしい風貌で、とても仲良くなれる雰囲気ではなく、オレたちの間では「鉄ゲタ」という名前の近寄り難い人物だった。付き合ってみると実はすごーく紳士な彼だが、「スキンヘッド、眉無し、鉄ゲタ」、そんな風貌の彼からそんな内面を読み取るのは不可能である。
そんな彼が後輩の涙の訴えを聞いて黙っていられなくなって、オレたち彫刻科4年を探してたんだそうだ。彼はこの後K2チャンピオンになる猛者である。今もアメリカで、逃げ場のないオリの中で闘う格闘技(ケージファイト?名前が分からん)で闘い続けている男である。そんな人物がもし、傷ついた後輩の姿を見て、『北斗の拳』のレイのように「お前らの血は何色だぁぁぁ!!」みたいに怒りが限界を越えてしまったら(分からない人はこちらを見て下さい→http://www.youtube.com/watch?v=VIKwwlRwTJU)、オレたちは北斗の拳の雑魚キャラなみにエラい目に遭うのは火を見るより明らかだけど、幸いそんな惨状にならなかったのは、彼がオレたちを探してあちこち歩いている時に、○○と同じ学年の彫刻科の学生が事の真相を鉄人に伝えたからである。ま、彼と仲良くなった今は、彼がそんなところで拳をあげるような人間じゃないとは思うけど、でもその学生がいなかったらエラい事になってたんじゃなかろうかともちょっと思ってしまう。